2005年09月22日

始まりましたよ

(時事通信9月22日17時0分更新)

国の借金、過去最高795兆円=国民1人623万円に−6月末

 財務省は22日、国債、借入金、政府短期証券を合計した「国の借金」残高が今年6月末時点で795兆8338億円に膨らみ、過去最高を更新したと発表した。3月末に比べ14兆2821億円増加した。残高を総務省の推計人口(1億2764万人)で割ると、生まれたばかりの赤ちゃんも含めて、国民1人当たり約623万円の借金を負っている計算になる。


斜視的考察
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2005年08月15日

お工作の時間ですよ(partII)

(産経新聞2005年8月15日(月)02:47)

内閣支持率57.2% 拉致家族帰国時の高水準 フジ「報道2001」

 小泉純一郎首相の衆院解散断行とそれに続く反対派前議員の自民党非公認、対抗馬擁立といった政治行動が、内閣支持率アップにつながっていることが鮮明になった。十四日放送のフジテレビ「報道2001」が実施した世論調査(調査実施は十一日)によると、衆院解散前に比べて小泉内閣支持率は7・8ポイント増の57・2%に急上昇、自民党の支持率も10・2ポイント増の38・6%にアップした。
 解散直後の八−九日に実施された各種世論調査の支持率は46−47・7%。調査方法が違うため速断はできないが、解散直後より支持率がアップする傾向は、自民党にとって有利で、政権奪取をめざす民主党にとっては、選挙戦術の見直しを迫られる結果となった。
 報道2001調査で内閣支持率が55%を超えたのは、小泉首相が再訪朝し、拉致被害者家族五人の帰国を実現した平成十六年五月二十二日の直前(五月二十日57・2%)と直後の二回(五月二十七日61・4%、六月三日56・0%)以来。衆院解散前は40%台から50%台前半で推移していた。自民党支持率も解散前は25%程度にとどまっており、「郵政解散」断行が首相にとって追い風になったのは確かだ。
 一方、自民党の支持率上昇は報道各社が衆院解散直後に実施した世論調査でも明確に出ており、軒並み民主党支持率の一・五倍から二倍前後になっている。衆院選後に期待する政権の形も「自民党中心」(自民単独を含む)が「民主党中心」(民主単独を含む)を10−15ポイント上回っている。
 このため現時点で投票が行われれば、「自民党勝利」の可能性が高いとみられる。だが、自民党執行部は「この勢いがいつまで続くかは読み切れない」として上滑りを警戒している。

斜視的考察
posted by hiro at 10:30| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月12日

奪ったものを返せよな

(ゲンダイネット2005年08月12日10時00分【2005年8月9日掲載】)

「失われた5年だった」小泉政権

 ついに「自爆テロ解散」になった。4年4カ月にも及んだ小泉政権とは一体何だったのだろうか。選挙前に一度検証しておく必要がある。それをひと言で言えば、失われた10年に続く新たな「失われた5年」であった。なぜ、そうなったか。
 そもそも小泉政権が繰り返した「構造改革」VS.「抵抗勢力」という2分法自体が、完全に時代遅れだった。それは1980年代のサッチャー、レーガンの時代を真似たものである。だが、当時は猛烈なインフレ時代。サッチャーやレーガンは、インフレ抑制のために、民営化や規制緩和政策によって雇用を不安定にして消費を抑えたのだ。この時代錯誤の政策を今やれば、デフレ脱却が遅れるのは当然だろう。
 それより何より、日本が直面している数々の課題は、もはや「構造改革」(供給サイド)か、「景気対策」(需要サイド)かという単純な政策対立の枠組みでは解決できないものばかりになっている。膨大な財政赤字、少子高齢化と年金制度、補助金政治と地域格差、雇用の不安定化と格差……といった課題がそうだ。あらゆる制度がもたなくなっている。
 いま必要な改革とは、社会の仕組みを変えることによって、破綻寸前のこの社会を持続可能なものに変えることである。それに役立つなら、官だろうが、民だろうが、どちらでもいいのだ。それなのに小泉首相は「官か民か」と、手法の選択ばかりを繰り返してきた。実に不毛な議論だった。
 それでも多くの国民は「構造改革」という言葉に踊らされてきた。人は過去の思考から簡単には逃れられないものだ。いかに時代遅れだろうと、小泉の「改革」という言葉を信じるしかなかったのだ。
 しかも、小泉首相は、スローガンを叫び感情に訴えるだけで、具体的な政策については説明責任を放棄してきた。いわゆる「ワンフレーズ・ポリティクス」だ。その結果、国民は思考停止に陥り、議論の場である国会を空洞化させてしまった。その意味で、小泉政治の最大の罪は、人々から思考力を奪ってしまったことにある。もし小泉のワンフレーズを口にしている自分を発見したら気をつけろ! それはバカが着実に進行している症状だからだ。【金子勝】

posted by hiro at 13:54| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

抵抗権

(ゲンダイネット 2005年06月19日日曜日)

小泉首相 4年間で自民党の何をぶっ壊したか
「自民党をぶっ壊す」――。そう絶叫して誕生した小泉政権。小泉首相は「構造改革」VS「抵抗勢力」の対立を演出し、旧竹下派を徹底的にぶっ叩いてきた。その結果、自民党は安心して政権を任せられる政党ではなくなった。
 旧竹下派を中心とする抵抗勢力は、実は護憲派の中心だった。その代表格は後藤田正晴であり野中広務である。経済政策は、競争より公平、弱者の味方だった。保守のケインズ派というか、いわば「体制内社民勢力」であった。
 小泉首相の靖国参拝に強く反対しているのも、彼ら「抵抗勢力」だ。抵抗勢力は「国益」をベースにしてアジア諸国とのパイプを持とうとしていた。外交スタンスは、タカ派的な武力ではなく、経済力をバックにした援助外交だった。
 状況はひどくねじれている。小泉首相による「抵抗勢力」の一掃は、結果的に護憲派を一掃し、アジア諸国との隣国外交を推し進めてきたリアリスト保守派の一掃につながってしまうからだ。ところが、皮肉なことに、抵抗勢力は金権政治で腐っているので、国民は誰も、彼らの復権を望んでいない。
 小泉内閣の4年間で、抵抗勢力が一掃されるのと引き換えに、小泉首相や安倍晋三のような素っ頓狂な米国ベッタリ、アジア軽視、改憲、タカ派勢力ばかりが急速に勢いを増している。
 しかし、こうした状況は国益につながらない。すでに対米輸出は2割程度しかなく、その一方、対中国輸出は香港も含めると3割に達している。アジア内貿易が企業にとっての生命線になりつつあるのだ。「抵抗勢力」を一掃したことで、隣国外交がギクシャクしていくと、企業は存立を脅かされる危険性がますます高まる。
 国民が早く気づくべきことは、自民党が変質したということだ。かつて有権者が自民党に抱いた安心感は、「タカ派、市場原理主義、米国ベッタリ、改憲」というグループと「ハト派、弱者擁護、アジア重視、護憲派」という2つの勢力がバランスを取りながら、自民党内で政権交代をしていたことだった。しかし、小泉政権によって、その片方の勢力は、もはや消え去りつつある。
 このままでは、日本はアジアから締め出され、米国にはいいように使われ、さらに市場原理主義によって、企業も地域も個人もますます貧富の格差が広がっていくだろう。小泉首相が本当にぶっ壊しているのは自民党ではなく、本当は日本という国なのかもしれない。【金子勝】

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2005年05月20日

得意技は知らんぷり 日本政府

(毎日新聞 5月20日10時8分更新)

尼崎脱線事故 JR西社員への嫌がらせや暴力行為相次ぐ

尼崎脱線事故の後、JR西日本社員への嫌がらせや暴力行為が相次いでいる。同社は「列車の安全な運行に支障が出かねない」として、主要駅のホームに計約30人の警備員を配置、運転士や車掌の安全確保に乗り出した。
 警備員は大阪や天王寺、京都など運転士らが乗務を交代する主要駅に配置。午前9時〜午後10時まで、ホームで乗務員に付き添うように見守っている。
 同社によると、報告があった暴言や嫌がらせなどは計約220件(11日現在)。このうち7割を超える約160件が京阪神で起き、女性運転士がけられたり、乗務員室に強引に入って来て車掌を小突くなどの暴力行為も目立っている。運転士らからは不安を訴える声が上がっており、警備員の配置は当分の間続けるという。【川上克己】

posted by hiro at 14:34| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

そして今日もまた

《斜視的考察》

(考察その1)「悪法もまた法なり」
 この問題については別な機会によく考える必要はあろうが、私は基本的に、この考え
 には否定的である。もし無条件肯定するなら、「抵抗権」というものの存在を認めな
 いということになってしまうだろう。
(考察その2)「これによっていったい何を教えるつもりか」
 学校側の説明では「ルールを大切にする気持ちを持ってほしかった」ということであ
 るが、このルール自体にどれほどの合理性・妥当性があるのか。いったい何のための
 ルールなのか。是非聞いてみたいものである。
 「外見で人を判断してはいけない」という意見は一般に肯定されることが多いのでは
 ないかと思われるが、校則ではどういうわけか、「外見は大事にしろ」と教えている
 ことが多い。ヘンだと思わないのか。
 ということで、ルール自体がおかしい、という前提に立つと、
 「ルールを大切にする」とは、結局この学校では、「長いものには巻かれろ」「お上
 のいうことは黙ってきけ」ということを教え込もうとしているのか。
(考察その3)「社会での戦闘の準備」
 社会に出ると、こんな理不尽な扱いを受けることもよくある。学校というのは社会へ
 出る模擬演習の場である。よって「このような出来事に対する自分のスタンス、対処
 の仕方を学んでみろ」ということか。その後のこの生徒達の生き方が楽しみである。

まあ、いろいろ書いてきたが、私ならこんな学校はこちらから拒否であろう。あるいは、
時間があれば、とことん戦って戦い続けてみるというのもいいかもしれない。
まあ、いつまでもこんなことをやっていると、そのうち
「こんなものいらない」「学校」ということになるのでは。(ちょっと古かったか)

元記事はこちら
posted by hiro at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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